昭和１６年の夏、私は満二十歳になり、徴兵検査を受けるよう通知が来たと言われ、甲府へ帰り検査を受けたが、「背は少し低いが、内蔵その他に異常なく、現役兵として合格。追って兵科・入営場所は通知する」と言われた。
　当時、徴兵検査は国民の義務で、一部を除きこれを逃れることは出来ず、世相は益々軍国化が進み、若者達は徴兵検査で不合格になる事は一般的に恥ずかしい事と思われていたので、私もホッとした気持ちになり、これで自分も一人前だと思った。

　続いて秋頃、甲府の家より「昭和１７年１月１０日午前９時までに、東京都村山の東部第７８部隊（高射砲連隊）に現役兵として入隊せよ」との通知が来たと報されたが、会社の仲間と兵科について話したところ、川崎工場からは４〜５名くらい兵隊に行くが、兵科は高射砲兵か、飛行兵（整備）であり、一般的な歩兵・工兵・砲兵等ではないので、兵科も仕事と関係があるのかも知れないと思った。
　しかし、後で落ち着いて考えてみると、当時、我々の行動は軍の上層部に全部握られていたと思うと、今更乍ら、当時の世相は、空恐ろしく思った。
　その頃の日本をとり巻く世界の情勢、特に米国との関係は日増しに悪化しており、いつ戦争になってもおかしくない情況になっていた。

　昭和１６年１２月８日の朝、いつものように目覚まし時計のベルで目を覚まし、ラジオのスイッチを入れた所、勇ましい軍艦マーチの後、
「臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部発表、本１２月８日未明、大日本帝国海軍機動部隊（航空母艦・戦艦・巡洋艦・他諸艦艇多数、及び航空機多数）は、山本五十六連合艦隊司令長官指揮の下、アメリカ、ハワイ真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋艦隊を奇襲攻撃し、壊滅的な打撃を与え、大日本帝国はアメリカ・イギリス・その他連合国に対し、宣戦を布告し、戦闘状態に入れり」と言い、アメリカの戦艦その他多くの艦艇を撃沈・撃破し、諸施設、航空機多数を撃破したと戦果を発表したが、満州事変・支那事変と既に４年以上中国大陸等で戦闘が続いており、満州・中国と広大な地域に、沢山の陸・海軍の軍隊が派遣されている上に、更に米・英・オランダ・フランス・オーストラリア等連合国と戦争になり、近々兵隊になる私は「これは大変な事になったぞ」と驚くと共に、何とも言えない不安感やら重苦しさを感じた。

　１２月２４〜２５日頃、入営の為の休職届を会社に出して甲府へ帰った。
　お墓参りや、親戚に入営の挨拶回り等の合間に、同じ年で甲府の４９連隊に入隊する近所の者達と、夜甲府の中心街に遊びに行き、９時を過ぎると憲兵に呼び止められ「この戦時下に若者が、夜遊び回るとは何事だ」と言われ、「１月１０日に入営します」と言うと「それならば尚のこと、帰って寝て身体を大事にしろ」とうるさく言われた。
　昭和１７年１月９日、他の連隊へ入営する３〜４名の者と一緒に、それぞれ祝入営○○君、と書かれたのぼりを先頭に、町内の人達や婦人会の人達が、日の丸の小旗を振りながら、入営（出征）兵士を送る歌を歌って大通りを行進し、甲府駅まで見送ってくれた。９日の夜は立川駅前の旅館に泊まり、翌１０日の朝、迎えの下士官に引率され、村山の東部第７８部隊の営門をくぐり入隊した。

「出征兵士を送る歌」

我が大君に召されたる　　生命栄えある朝ぼらけ

讃へて送る一億の　　歓呼は高く天を衝く

いざ往けつはもの　　日本男児

・・以下略・・

（注：大君・・天皇）

「出陣の歌」

天に代わりて不義を討つ　　忠勇無双のわが兵は

歓呼の声に送られて　　今ぞいでたつ父母の国

勝たずば生きて還らじと　　誓う心の勇ましさ

・・以下略・・